1.はじめに――疲労困憊型とは何か
今日は、「不登校の類型分析」第3回ということで、疲労困憊型の生徒さんについて取り上げたいと思います。
疲労困憊型の不登校というのは、学校、もしくは家の外で行う活動に対して、極度の心身の疲労を感じ、学校に行けなくなってしまうタイプです。
私の経験上、こういう生徒さんには実は結構会っていまして、不登校の3分の1ぐらいはこのタイプなのではないか、というのが私の肌感覚です。
ただ、意外とこのタイプは、不登校に関わっている人たち以外には認知されていません。そのことによって、いろいろな軋轢や、不幸なすれ違いが生まれているケースも多いと思われます。
2.ケーススタディ――不登校歴6年の中学3年生
私が家庭教師として関わった中には、「不登校歴がもう6年です」というお子さんもいました。
小学校3年生ぐらいから学校には一切行っておらず、中学校にも数回しか行ったことがない。それでも、もう中学校3年生になっているという生徒さんです。
私が見ている途中で不登校になったというよりは、すでに何年も不登校を続けていて、受験も近くなってきたからお願いします、という形で依頼が来ることが多くありました。
弟さんを家庭教師として見ていたところ、
「お兄ちゃんも受験が近くなってきたので、不登校なのだけれど見てほしい」
と頼まれたケースもあります。
そういう生徒さんの状況を、保護者の方からよくよく聞いていくと、不登校の入り口は疲労困憊型だったのではないかと思われることが多いんですね。
ただ、支援が始まる頃には、すでに何年も経過しています。
保護者の方も、なぜ学校に行けないのか分からないまま、ずっと悩み続けています。
何とか学校に戻そうと努力を重ね、その末に、
「もう行けないなら仕方がないか」
と諦める瞬間が訪れます。
しかし、その諦めに至るまでに、保護者の方も非常に大きなエネルギーを使っているんです。

3.なぜ学校に行くだけで、そこまで疲れるのか
学校に行くことが疲れるという話をすると、いろいろな反応があると思います。
「学校なのだから、疲れるのは当たり前だろう」
という意見も、もちろん分かります。
一方で、
「ただ学校に行って、遊んで、勉強して帰ってくるだけなのに、なぜそこまで疲れるのか」
と思う人もいるでしょう。
どちらも真っ当なご意見です。
このタイプは、分からない人には本当に分かりません。
そして、その「分からない」ということが、疲労困憊型の生徒さんをさらに追い詰めてしまうことがあります。そこが、この類型の厄介なところだと私は思っています。
学校では、基本的に40人ほどのクラスの中で生活をします。
教室の中では、常に人が動き、話し、いろいろな音を立てています。わちゃわちゃとした状態が、長時間続くわけです。
特に、聴覚などの感覚が鋭敏なお子さんは、一定の割合でいます。
そういうお子さんは、近くで金属製の筆箱がガシャンと落ちただけでも、強いストレスを感じることがあります。
これは、精神的に何か問題を抱えているということではありません。ただ単に、感覚が鋭敏なのです。
騒音だけではありません。
人との接触や、人が近くを動き回ることなど、集団生活の中にあるさまざまな刺激に対して、強く反応してしまうお子さんもいます。
4.学校生活だけで、驚くほど消耗する子どもがいる
そうしたお子さんにとって、6時間ほどの学校生活は、想像以上に疲れるものです。
ただし、それは必ずしも分かりやすい苦痛ではありません。
痛いとか、怖いとか、そういう形ではないんですね。
本人も気づかないうちに、ずっと緊張している。
知らず知らずのうちにエネルギーを消耗している。
その状態が何年も続けば、疲労がたまりにたまり、ついには学校に行けなくなってしまう子も実際にいます。
また、疲労の原因は感覚の鋭敏さだけではありません。
部活動が始まったり、文化祭などの学校行事があったりすると、普段よりも活動量を増やさなければならない時期があります。
一生懸命取り組もうとした結果、普段以上に大きな疲労を抱えてしまうこともあります。
そして、その疲労から十分に回復できないまま、不登校に入ってしまうケースもあり得ます。
何か大きな事件があったわけではない。
いじめられているわけでもない。
それでも、もう学校に通い続けることができないほど、子どもの中では疲労が蓄積していることがあるのです。
5.理由が分からないまま、子どもを追い詰めてしまう
疲労困憊型で何が厄介かというと、先生や保護者、友達など、周囲の人からすると、なぜ学校に来られないのかが分からないことです。
「なぜ学校に来られないの?」
と聞いても、
「なんとなく面倒くさくて」
といった返事しか返ってこないことがあります。
本人自身も、自分がなぜそこまで疲れているのかを、うまく言葉にできないことがあります。
そのため、周囲はつい、
「怠けているのではないか」
と思ってしまいます。
過去には、無理やり学校へ連れていくような対応も多くありました。
特に、いじめられているわけでもないのなら、学校を休ませるわけにはいかないという考え方が強かった時代には、父親が子どもの首根っこをつかんで、学校の校門に放り込むようなことまで行われていました。
しかし、そうした対応によって、学校への恐怖や抵抗感が強まるだけではなく、親子の信頼関係まで傷ついてしまうケースがあります。
私が学生時代に関わっていた、いじめや不登校の子どもを持つ保護者のサークルで、あるお母さんから聞いた話があります。
そのお子さんは、学校から家に帰ってくると、着替えもできないほどクタクタになっていたそうです。
靴さえ脱げないほど、ぐったりしている。
お母さんが、
「学校でいじめられているの?」
と聞いても、本人は「違う」と答えます。
なぜこんな状態になるのか分からず、お母さんはとても驚き、混乱したそうです。
それでも、子どものためを思って少し学校を休ませた。
そこから、ずるずると学校に行けなくなってしまったという話でした。
6.慢性化すると、別の類型へ移っていく
疲労困憊型は、不登校の入り口として現れることが多いと考えています。
しかし、それが慢性化すると、生活習慣崩壊型や快楽追求型へ移っていくことがあります。
私が支援を始める時点では、すでにそちらの状態になっているケースが多くありました。
学校に行けない以上、学校へ通っていた時間を、家庭の中でどう過ごすかを考えなければなりません。
生活習慣や生活リズムを、家庭の中でどう作るのか。
そこに目を向ける必要があります。
ただ、保護者の方が、何とか学校へ戻そうとすることに時間とエネルギーを使いすぎると、肝心の子どもの生活習慣に目が向かなくなることがあります。
そうすると、学校へは行けない。
生活リズムも整わない。
勉強にも手がつかない。
そうした状態が少しずつ固定されていきます。
不登校を前提とした生活スタイルが、家庭の中に確立してしまうんですね。
そういう意味では、疲労困憊型は慢性化しやすいタイプだと思います。
7.原因探しが、学校と家庭を対立させる
疲労困憊型の根が深いところは、学校も保護者も原因を追及してしまうことです。
なぜ学校に行けないのか。
何かいじめがあったのではないか。
先生との相性が悪かったのではないか。
家庭に何か問題があるのではないか。
原因を探す中で、さまざまな仮説が出てきます。
しかし、その仮説を検証する段階で、学校も保護者も、相手のせいにしてしまうケースがあります。
学校は、
「親のしつけ方が悪いのではないか」
と言いたくなる。
保護者は、
「学校の管理の仕方が悪いのではないか」
「うちの子をきちんと見ていなかったからではないか」
と言いたくなる。
その衝突によって、保護者の学校に対する不信感が高まります。
同時に、学校から見れば、家庭に対する不信感も高まっているのでしょう。
両者の不信感が強くなり、お互いに協力して子どもの未来を作っていこうという雰囲気にならなくなってしまいます。
私は、そこが疲労困憊型の一番大きな問題だと思っています。

8.保護者の悩み――学校に戻すことだけに時間を使わないで
疲労困憊型は、自己防衛型とは違い、外部に分かりやすい原因があるとは限りません。
いじめの加害者を遠ざければ解決する。
先生を替えれば学校へ行ける。
そういう形で、外的要因を一つ取り除けば解決するタイプではないんです。
そのため、保護者の方も非常に悩みます。
何とか学校へ戻そうとする。
原因を探す。
学校と話し合う。
子どもを説得する。
いろいろなことを試します。
しかし、そこに1年ほどかかってしまうこともあります。
子どもにとって、1年という時間は非常に大きなものです。
その間にも勉強は遅れていきます。
体はどんどん成長していきます。
一方で、外へ出て遊んだり、さまざまな経験をしたりする機会は減ってしまいます。
成長や発達にも、偏りが出てしまうことがあります。
だからこそ、学校に戻すことだけに時間を使わないでほしいと思います。
学校に行かなくても、その子の未来や進路を犠牲にしない。
そういう考え方で対応していく必要があります。
外部に明確な原因を求めにくいという意味で、疲労困憊型は、保護者にとって非常につらいタイプの不登校だと思います。
第三者として見ていても、自己防衛型とはまた違った、深い悩みを抱えるケースだと感じていました。
9.早い段階で、生活と進路を立て直す
逆に言えば、疲労困憊型で学校に行けなくなった時点で、すぐに学校と家庭が協力して対応できれば、慢性化する前に手を打てるのではないかと、私は考えています。
原因を無理に一つに決めるのではなく、まずは子どもが本当に疲れているということを認める。
怠けや、しつけの問題として扱わない。
そのうえで、学校に行かない間の生活習慣や生活リズムを、家庭の中でどう作るかを考える必要があります。
私は家庭教師でしたので、このタイプの生徒さんに対しては、勉強を教えることによって、きちんと進路を実現することを目標にしていました。
すでに何年も不登校を続けている生徒さんの場合、不登校を組み込んだ生活スタイルが確立しています。
その生活の中に、どうやって勉強を組み込んでいくか。
勉強の習慣をつけながら、生活習慣も少しずつ整えていく。
そういう形で対応するケースが多くありました。
小学校から中学校へ、中学校から高校へと進めば、環境は変わります。
その間に本人も成長しますし、自分の感覚や疲労の度合いも変わってくる可能性があります。
新しい環境になれば、再び学校へ行けるかもしれない。
その可能性に望みを託し、高校受験に向けて勉強を進めていきました。
ただ正直なところ、疲労困憊型への理解があり、初期の段階から学校と家庭が協力できたケースには、私はまだ出会ったことがありません。
このブログを通して、そうした理解が少しでも広がればいいと思っています。
10.学校に通うことだけが、未来への道ではない
疲労困憊型は、対応の難しい不登校ではあります。
ただ、最後に少し明るい話題にも触れておきたいと思います。
最近は、不登校に対する学校側の理解や分析も、かなり進んできた印象があります。
人口が減り、子どもの数も減ってきたことで、全国的に高等学校の統廃合が進んでいます。
その一方で、毎日学校へ通うことを前提としない通信制の公立高校や私立高校など、不登校の子どもを受け入れる選択肢も広がっています。
私自身、時代が変わったと隔世の感を抱いています。
保護者の方には、そうした選択肢があることを知っていただきたいと思います。
学校へ戻ることだけに慌てる必要はありません。
それよりも、お子さんが何に疲れるのか。
何を嫌がるのか。
何なら取り組むことができるのか。
その感覚的な部分について、理解を深めてほしいと思います。
これは、不登校に限った話ではありません。
子どもが何を好きで、何を嫌がるのか。
それは、その子が持っている個性です。
その個性から逃げることはできません。
だからこそ、その子の感覚や特性を理解することを、親子の絆につなげてほしいと思います。
その子がどういう人間なのかというところに立って、将来を一緒に作っていく。
それが、周囲の大人の務めなのではないかと思います。

以上、少し間が空いてしまいましたが、「不登校の類型分析」第3回、疲労困憊型についてお話ししました。
コメントや感想などをいただければ、うれしく思います。
ありがとうございました。

コメント