はじめに
前回は、子ども向けIT教育における「技術発展についていく難しさ」についてお話ししました。
IT教育では、プログラミング、電子工作、ゲーム制作、AI、ロボット、さまざまなデジタルツールなど、教える内容や使う道具そのものがどんどん技術発展で変化していきます。
その変化についていくことは、決して簡単ではありません。
しかし、IT教育の難しさはそれだけではありません。
もう一つ、教育者が常に向き合わなければならない変化があります。
それは、子どもたち自身も常に変化しているということです。
子どもたちは、常に変化している存在である
これは教育的にはとても本質的な話です。
子どもたちは、常に変化しています。
当たり前のことのように聞こえるかもしれません。けれども、教育の現場では、特に、民間教育の現場では、この当たり前のことが意外と見落とされているように感じることがあります。
子どもたちは、5歳、6歳くらいで小学校に入るころから、18歳ごろに大学へ進学する年齢になるまでの間に、体格も、表情も、声も、ものの見方も、数年単位で大きく変わっていきます。
そして、体の変化にともなって、心も、考え方も、理解力も、興味関心も変わっていきます。
小学校低学年の子どもと、小学校高学年の子どもでは、同じ教材を前にしたときの受け止め方が違います。中学生、高校生になれば、さらに変わります。
教育する側は、この変化に合わせて、今その子に何を渡すべきなのかを考えなければなりません。そこには、子どもの発達や学び方についての専門的な理解も必要になります。
「今この子に何が起きているのか」を見る
以前、とても印象に残っている生徒さんがいました。
小学校6年生の生徒さんで、中学受験に向けてかなり追い込んだ勉強をしていた子です。普段は、自分でどんどんアイデアを出し、周りも巻き込みながら、自分の力で進めていけるタイプの子でした。
ところが、レゴでオリジナルロボットを作るという課題に取り組んだとき、その子の手が止まってしまいました。
普段なら、自分でアイデアを出して、どんどん作っていくはずの子です。
でも、そのときはまったく手が動かず、泣いてしまったのです。
私はその場面を、今でもよく覚えています。
この子に起こっていることをどう受け止めるのか。この子の変化をどう解釈するのか。それが今後の指導に大きく関わっていくのです。
私には、中学受験で頭の中が完全に受験モードになり、かなり疲弊していたように見えました。受験勉強の中で、創造性や自主性のようなものを発揮する余裕が、一時的に大きく削られていたのだと思います。
ここで、もし大人が、
「どうしたの?」
「いつもの君ならできるじゃない」
「ちゃんと考えてごらん」
と声をかけていたら、どうなっていたでしょうか。
あるいは、その姿だけを見て、
「この子はオリジナルのものを作る力がない」
「自主性が足りない」
と評価していたら、その後の指導はまったく違ったものになっていたと思います。
私がその場で大事にしたのは、叱咤することでも、無理に励ますことでもありませんでした。ただその状態を受け止めて、もとのその子らしい姿に戻れるようにレッスンの中で楽しい時間を過ごしてもらうことに心を砕きました。
その後、その生徒さんとは中学校3年間も関わることになりました。そして高校受験の時期には、自分が本当にやりたいことを見つけ、推薦入試の面接で「ゲームを作りたい」と堂々と語り、その方向に向けて進路を選んでいきました。
この変化は、私にとって非常に印象的でした。
あのとき、泣いて手が止まった姿だけを見て、その子を評価していたら、おそらくその後の関わり方は変わっていたと思います。
大事なのは、「この子に力があるかどうか」だけを見ることではなく、「今、その力を出せる状態にあるのか」を見ることでした。
子どもの変化に向き合う「視野の広さ」と「瞬発力」
子どもの今を見るというのは、こういうことです。
目の前の姿だけを見るのではなく、その背景に何があるのかを考える。
今この子は、力がないのか。
それとも、力を出せない状態にあるのか。
そこを見誤らないことが、教育者には求められます。
そして、その判断は、ゆっくり時間をかけてできるとは限りません。
目の前で子どもが泣いている。
手が止まっている。
いつもと違う反応をしている。
その場で、大人はどうするのかを問われます。
動くのか。
声をかけるのか。
待つのか。
見守るのか。
そこには、「数年後を想像する視野の広さ」と「いま決断する瞬発力」が必要です。
このときの私に必要だったのは、何か特別な声かけをすることではありませんでした。
動かない、見守る。
それもまた、教育者にとって大事な手立ての一つなのだと思います。
変化の激しい時代だからこそ、教育者には軸が必要になる
変化が激しい時代には、教育者側に軸が必要です。
軸がなければ、新しい技術が出るたびに振り回されてしまいます。
また、子どもたちの変化に対しても、その場その場の反応だけで対応することになってしまいます。
何を大事にしているのか。
子どもたちに何を渡したいのか。
その技術を使うことで、どんな力を育てたいのか。
ここがはっきりしていなければ、IT教育はすぐに流行の後追いになってしまいます。
アイアルクとして大切にしている軸は、ものづくりと楽しさです。
子どもたちが、自分で何かを作ること。
そして、作ることを楽しいと感じること。
この二つを大事にしています。
この軸があるから、新しい技術が出てきたときにも、それをただ流行として取り入れるのではなく、子どもたちのものづくりや楽しさにつながるかどうかを考えることができます。
また、子どもたちがその年代で何を楽しいと思うのか、その子にとって何が楽しいのかを見ながら、教材や指導を考えていくことができます。

おわりに
子ども向けIT教育は、技術だけを見ていればよい仕事ではありません。
同時に、子どもだけを見ていればよい仕事でもありません。
技術は変わり続けます。
子どもたちも成長し続けます。
その二つの変化の間に立って、今この子に何を渡すべきなのかを考え続ける。
そこに、子ども向けIT教育の難しさがあります。
そして同時に、そこにこの仕事のおもしろさもあるのだと思います。
技術を見ること。
子どもを見ること。
その両方を見失わないこと。
子ども向けIT教育に関わる人間として、私はこれからもそこを大切にしていきたいと思います。


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